2024年の振り返り〜ニュージーワーホリからオーストラリアワーホリへ〜

ワーホリ

2023年12月6日ニュージーランドに到着。

12月17日シェアハウスが見つかる。

1月

ニュージーランドに来てから1ヶ月が経った。仕事探しにCV(履歴書)が必要ということも知らず学校の友達から教えてもらった。ラッキーなことにCV配り始めて一軒目の日本食レストランで採用してもらうことに。

決まってた家の家主がクソだったので家を追い出されて家探しパート2が始まる。

(そのシェアハウスは家主と二人だけ住む家だった。今後シェアハウスに住むなら家主/オーナーとは住まないと決めた。)

ラッキーなことに1月末に新しいシェアハウスが決まった。

2月 

仕事も学校も家も順調。日本から親友がきたので南島に旅行へ。働いていたレストランの社長の家にもお世話になり、会社のメンバーにも会わせてもらった。

誕生日がきて20代が終わった。

3月 

学校と仕事の毎日

4月 

学校ついに卒業。フルタイムで働けるようになった。 健康とバス代節約のためと血迷ってロードバイクを買ったが、オークランドの坂道をなめていた。

働いていたレストランでワークビザを出してもらえないか掛け合い始める。

5月

それまで絶好調だったレストランの本社の経営が傾き始め、日本食レストランで働けなくなった…すごくいい職場だったのでとてもショックだったのと同時に、ワーホリビザの残り期間6ヶ月で新たに仕事探しをしなければならなくなった。

6月 

仕事探しの月。このまま仕事が見つからず貯金が尽きて日本に帰らないといけなくなったらどうしようとか、帰るくらいなら先にオーストラリアにいってしまえばいいのか、とか色々考える日々。今振り返ると面接4件、トライアル3件でトータル3件の内定をもらっていた。ただ違和感のある経営スタイルのレストランや朝4時スタートのベーカリーなど現実的な働き場所は一件のみだったので決まったレストランで働くことに。新しくオープンするビュッフェのキッチンの仕事だった。

7月

新しいレストランで働き始めた。まぁパワハラ環境かつ日本人が一人もいないレストランだったのでダブルで苦労した。英語のアクセントが聞き取りづらく、聞き返しただけで怒鳴られる、何をしても遅すぎると怒鳴られる(キッチン経験長いしそんなに遅くないと思う)、些細なことでも大声で嫌味を言われる。まぁ一言でいうと理不尽だった。他の人よりも1時間くらい早く出勤し仕事を終わらせたり遅くまで残って次の日の仕込みをしたり最大限の努力をした。1日10〜11時間、週6日で働いた。週2休みはほしくてもとらせてもらえなかった。

8月 

また意味のわからないことでキレられたので「こんな環境でこれ以上働けないので今日は帰ります」と伝えたらMTGが開かれた。 

「なにか伝えたいことがあるなら普通に言ってくれ。いちいち怒りを使う必要はない」と言った。それ以降態度が少しソフトになった。日本で働いていたときは上司にそんなことを言ったことはなかったが、海外で働くなら言われっぱなしじゃなく、言い返していかないとやられるなと思った。それと同時にいつ辞めても構わないくらいの金銭的余裕だったりビザの余裕がないと奴隷のように働かざるを得なくなると実感した。

9月 

毎日いくら貯金できたかを計算し、いつ辞めようか考えていた。当初の予定では11月末まで働く予定だったが、それが10月末になり、結局10月の頭でやめることにした。週60時間、時給は24ドルだったから月50万くらいは稼げていたし、食費が全くかからなかったから月40万くらいは貯金できていた。貯金を食い潰しながら生活するのは嫌だったが、毎日何で起こりだすかわからない上司のもとで顔色を伺いながら働くのに疲れたのでやめてトレーナーの勉強に集中することにした。そういえば来年オーストラリアでトレーナーに挑戦しようと思い立ったのは、今回の経験のせいでもうキッチンで働きたくないと思ったからだった。ある意味よかったのかもしれない。

10月 

ついにレストランを辞めた!Ne-yoのコンサートに行った。たまたまニュージーランド人のパーソナルトレーナーと出会い、パーソナルトレーニングを受けることに。それ以外の日は自分のトレーニングと勉強に集中した。

First aidの資格もとった。(結局オーストラリアでは使えなかったから意味なかったけど)

11月 

NASMの試験に合格し、無事に資格ゲット。対面のワークショップなども受けた。全て英語の講習はチャレンジングだったが大体理解できた。(今オーストラリアにきて思うが、ニュージーアクセントの方が聞き取りやすい。オーストラリアは本当にわからない)

12月

12月頭にオーストラリアへ移動。オーストラリアの入国審査はめちゃめちゃ緩かった。Air bnbに到着後トラブルがあり、即キャンセルし他のホテルを予約。この時急いでいたのでグーグルの口コミなど全くチェックしていなかったが、チェックイン後トラブルの嵐。そのあとグーグルをみるととても低い評価。(星1.9)

これからはどんなに急いでいても口コミはチェックすると心にきざんだ。

何件も内見に行き、やっと見つけたシェアハウス。ほぼほぼ契約を決めたあとに家主がめちゃくちゃ厳しい変なハウスルールを送ってきた。この家もオーナーと一緒に住まなければならなかった。(一年前、オーナーとは住まないと決めたのに、やはり家を決めなけらばいけない期限がせまると正常な判断ができなくなるものだ)

この時代に家賃の支払いは現金のみとか他にも色々おかしいなと思うところがあったけど、やはり直感的に感じる違和感は大事にしたほうがいいとおもった。

そして現在、無事に最高の立地、そこそこの家賃の家を見つけて住み始めた。

まだまだ変な問題は引き続き起こっているが新年からの仕事も決まったし、まずまずと言ったところ。

すべてのことがこの1年で起こったと信じられないくらい変化が起こった一年だった。ある意味海外の生活に慣れてきたからだろう。

2025年の大晦日に振り返った時、よく頑張ったな、楽しんだなと思える2025年にしたい。

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